残留農薬・ポストハーベストのリスク
農薬使用の背景を知った上で、私たちはどのような選択をするのか決める必要があります。農薬に直接触れることのない多くの人にとって、最も注目すべきは残留農薬やポストハーベストといわれる、私たちが食べる時にも影響がある農薬でしょう。
日本では残留農薬やポストハーベスト農薬について、
「1日の摂取許容量を定めている為に安全である」
「農薬残留量には基準値が設定してあり、健康に影響がでないように管理されている」
「日本では収穫後の作物にポストハーベスト農薬を使用することは禁止されているから安心である」
という主張がなされています。一見「それなら安心」と思ってしまいそうですが、これには基準や法律の落とし穴があるのです。
「基準内だから安心」の基準量がそもそも多い
ネオニコチノイド系殺虫剤であるアセタミプリドの残留農薬基準値を例にして、他国と比較してみましょう。日本ではイチゴの残留農薬基準が3ppmと定められているのに対し、米国では0.6、そしてEUでは0.01と定められています。さらに、ブドウでも日本は5ppmなのに対し、アメリカ0.35、EU0.01という数字になっているのです。
この事からいかに日本の残留農薬基準値が緩いかがわかります。水で洗う事で残留農薬を軽減させる事も可能ですが、ネオニコチノイド系農薬・殺虫剤は水溶性のため、食品の内部に浸透している場合が多く洗い流す事が出来ないのです。
ポストハーベストではなく「食品添加物」
収穫された農産物は、輸送や貯蔵中にも虫の害を受ける可能性があり、また腐敗や微生物の発生による汚染、発芽などにより品質が落ち商品価値がなくなってしまうことがあります。
こうした被害を防いだり品質を保持するために収穫後に農薬を使用することがあり、このような使い方をポストハーベスト使用、収穫後使用を認められている農薬をポストハーベスト農薬といいます。これを使用することで、価格の高騰を防ぎ農産物を安定供給することができるというメリットがあります。
ポストハーベスト農薬については、グレープフルーツの防カビ剤が有名でしょう。国内のものよりも輸送距離が長い海外輸入品に多く用いられているため、海外の野菜や果物は危ない、というイメージを持っている人もいます。そのため国産の作物でポストハーベスト農薬の心配をする人はあまりいません。
実際に、日本では収穫後の作物にポストハーベスト農薬を使用することは禁止されています。しかし、ここに落とし穴があります。日本ではポストハーベスト農薬に類する防カビ剤や防虫剤は、食品衛生法により食品添加物として扱われるのです。
果物などに腐敗を防止し保存性を高めるために薬剤が処理されることがありますが、これは農薬と同じ成分を持っています。しかしこれが食品添加物として扱われます。食品添加物としての残留基準が定められ規制されていますが、日本ではポストハーベスト農薬を使用することを禁止する、とされながら同じものを使用していることに疑問は残ります。
ポストハーベスト農薬は、消費者の手元に届くまでの期間が短い場合や、倉庫に貯蔵され、日光や雨風の影響による農薬の分解が進まない場合には、残留量が多くなるという傾向にあります。いくら食品添加物という分類をされても、その危険性は変わることはありません。
私たちが気づかないところで、農薬の危険が身近にあるのです。
人体への影響
「農薬が危険!」というのは様々なところで聞かれますが、では実際にどのような影響が出ているのでしょうか。
農薬の影響の大きさが認識されるようになったここ数年で、農薬取締法や食品衛生法の改定などにより生物や環境への負担が大きく蓄積しやすい農薬は、登録や更新、使用などができなくなってくるなど、状況は改善されてきています。
農薬の影響は急性的なものではなく、長い年月の蓄積による影響が心配されています。蓄積量に関しては、ラットなどの動物実験でどれだけ農薬が体外に出たのか評価されますが、農薬が体内に入ると、主に次のようなパターンで排泄、吸収されることが分かってきています。
農薬が体内に入った場合
- そのまま素通りして排泄される。
- 消化、吸収され腎臓から尿と共に排泄される。
- 消化、吸収され、主に肝臓で代謝、合成、分解される。
- 腸から吸収され血液から、肝臓、心臓を通り、全身へ運ばれる。
体内に入った農薬は体の維持機能によりある程度は排泄されますが、約20%前後は体内に蓄積されるといわれています。人体機能が正常な状態においての値ですから、排泄力が落ちている場合は、これよりも多くの量が蓄積することが考えられます。
実際体内に蓄積した残留農薬が私たちの体に与える影響には様々なものがあります。ネオニコチノイド系の農薬に関する影響への研究について関連各界の研究者の見解を見てみましょう。
脳リンパへの影響
「人体に取り込まれたネオニコチノイドは、人の意識、情動、自律神経を司る脳の扁桃体に存在する神経伝達物質の一部に作用するため、動悸、手の震え、物忘れ、不眠、うつ、自傷や攻撃などの情動、焦燥感など、さまざまな症状となって現れます。また、人の記憶を司る脳の海馬や、免疫を司るリンパ球に存在する神経伝達物質の一部に作用し、記憶障害や、免疫機能の障害(風邪がこじれるなどの症状、喘息・アトピー性皮膚炎・じんましんなどのアレルギー性疾患、皮膚真菌症・帯状疱疹などウイルスや真菌などの病原体による疾患、関節リウマチなど)の誘因となります。」
東京女子医科大学東医療センター麻酔科医師 平久美子氏
(「ダイオキシン国際会議ニュースレターVol.58」抜粋)
胎児や小児など発達期の脳への影響
懸念されるのが、胎児、小児など脆弱な発達期脳への影響です。
胎児期から青年期にいたるまで、アセチルコリンとニコチン性受容体は、脳幹、海馬、小脳、大脳皮質などの正常な発達に多様に関わっています。ネオニコチノイドはニコチンをもとに開発された農薬です。ニコチンは胎盤を通過しやすく、母親の喫煙と胎児の脳の発達障害との関連を指摘する報告は多いのです。タバコに由来するニコチンは禁煙で回避できるが、規制が不十分な食品中のネオニコチノイドは回避しずらいのが現状です。
東京都神経科学総合研究所 木村-黒田純子氏
(「ダイオキシン国際会議ニュースレターVol.58」抜粋)
子どもの脳の発達障害への危険性
ヒトの脳の発達は、多種類のホルモンや神経伝達物質によって調整され、数万の遺伝子の複雑精緻な発現によって行われます。それを阻害するものとして化学物質の危険性があり、有機リン系やネオニコチノイド系など農薬類は、環境化学物質の中でも特に神経系を撹乱し、子どもの脳発達を阻害する可能性が高いのです。環境化学物質と発達障害児の症状の多様性との関係は綿密な調査研究が必要でありますが、厳密な因果関係を証明することは現状では大変難しい。生態系や子どもの将来に繋がる重要課題として、農薬については予防原則を適用し、神経系を撹乱する殺虫剤については使用を極力抑え、危険性の高いものは使用停止するなどの方策が必要です。
東京都神経科学総合研究所 黒田洋一郎
(「ダイオキシン国際会議ニュースレターVol.64」抜粋)
このように人間の大事な器官である脳や神経系への影響が心配されています。また身体的に未発達な子供への影響が大きいことにも注目する必要があるでしょう。健康のために野菜や果物を食卓に出しても、残留農薬が残っているものではデメリットの方が大きい可能性があります。
■Lesson5-5 まとめ■
- ポストハーベストや残留農薬について、他の先進各国と比較しても日本の残留農薬基準値は緩く、他国の数十倍、数百倍という許容量のものも少なくない。
- 輸送や貯蔵中の虫の被害や腐敗や微生物の発生による汚染、発芽などにより品質が落ち商品価値がなくなるなどの被害を防ぎ品質を保持するために、収穫後に農薬を使用することがある。このような使い方をポストハーベスト使用、収穫後使用を認められている農薬をポストハーベスト農薬という。
- ポストハーベストを使用することで、価格の高騰を防ぎ農産物を安定供給することができるというメリットがある。
- 日本では収穫後の作物にポストハーベスト農薬を使用することは禁止されているが、ポストハーベスト農薬に類する防カビ剤や防虫剤が、食品添加物として使用を許可されている。
- 農薬は体内に入ると生命維持機能によりある程度は排泄されるが、約20%前後は体内に蓄積されるとされている。また排泄力が落ちている場合は、これよりも多くの量が蓄積することが考えられる。
- 農薬が蓄積された場合の身体への影響も大きく、大切な脳や神経系や、未発達な子供達にも大きな影響を与える可能性がある。