Lesson2-5 ファスティングとイスラム教

イスラム教とは?

日本人にはあまり馴染みのない宗教であることや、最近の不穏な世界情勢のためか、イスラム教について正しく理解している方は少なく、良くないイメージが先行しているかもしれません。しかしそれはイスラム教に対するほんの一部の情報でしかありません。イメージを一度取り払ってみていきましょう。
イスラム教も他の宗教と同様に、自分を戒め神の教えに従って行動をすれば天国に行けると考える宗教です。
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西暦610年、日本ではちょうど聖徳太子が推古天皇の摂政となって、政治改革を行っていた時期ですが、ムハンマド(マホメット)という預言者が神の言葉を聞きます。やがて、その内容が広まって「イスラム教」となりました。
このムハンマドが聞いたという神の言葉を記したものが、『クルアーン(コーラン)』です。この『クルアーン』の参考書兼解説書のようなものを『ハディース』といいます。
この書物には、イスラム教徒が天国に行くために守るべきことは5つある(五行)と書かれています。その5つの行いとは、「信仰の告白」「礼拝」「喜捨」「巡礼」そして「断食」です。
 

守るべき5つのこと

「信仰の告白」とは、「アッラーの他に神はなし」「ムハンマドはアッラーの使徒なり」と唱えることです。礼拝のたびに、この2つを唱えます。
「礼拝」は、1日に5回行います。夜明け前、正午過ぎ、日没前、日没直後、寝る前に、それぞれ礼拝を行わなければなりません。もっぱら「困った時の神頼み」の日本人からしてみると、頻繁に礼拝を行う彼らは、本当に信心深く見えます。この礼拝は、世界のどこに居ても必ずメッカの方向を向いて行うことになっています。
ですから、イスラム教徒の多い国では、メッカの方向を示す矢印が町のなかにあったり、公共の建物などには礼拝のための場所が設けられていたりします。
「喜捨」は、貧しい者への寄付を行うこと。寄付をされた方の側は、「喜捨を“させてあげた”」という解釈をします。日本の「ありがたい」文化とはずいぶん異なりますので、このあたりでは誤解も生じることがあるようです。
「巡礼」は、メッカにあるカーバ神殿に行くことです。必ずしなければならないということではないようですが、巡礼を果たした人は周囲からも尊敬のまなざしで見られるということですから、その価値が大きいことが理解できます。
そして最後に「断食」です。
「断食」はイスラムの暦で9番目の月である「ラマダン」に行います。イスラム暦は太陰暦(月の満ち欠けで作られる暦)ですので、私たちが普段使っている暦とは大きなずれが生じます。ですから、ラマダンは冬であったり夏であったりするのです。
 

ラマダンの断食

1ヶ月の「断食」ですが、何も食べないわけではなく、飲食が禁じられているのは日の出から日没までの間です。当然のことながらタバコも吸ってはいけません(イスラム教では、アルコールはもともと禁止されています)。しかし、日が沈んだ後は飲食ができます。ですから、信者の多くは日の出前に起きて朝食をとり、日中は我慢して、日没後に盛大に食事をとります。
断食は、子どもや妊婦、旅人は免除されます。成長過程であったり、体力を必要としたりするような状態の人には配慮もなされているわけです。子どもたちにとっては、大人から「断食をしてよい」と言われるようになると、「大人の仲間入り」を許されることと同じ意味になるので、とてもうれしいことなのだといいます。
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イスラム教の「断食」は、食事を我慢しその苦痛を感じることによって、神の教えについて考えることが目的です。食べるものすらない貧しい人々に思いをはせ、食べられることへの感謝の気持ちを抱き、また貧しい人々への「喜捨」を考えるようにするきっかけとして「断食」が行われます。
全世界のイスラム教の信者の数は、13億とも言われます。約6人に1人の計算になりますが、この人たちは、信仰の中で「断食」を行う習慣を持っている人たちなのです。
 
■Lesson2-5 まとめ■

  • イスラム教の教典である『クルアーン』『ハディース』に書かれているイスラム教徒が天国に行くために守るべきその5つの行いとは、「信仰の告白」「礼拝」「喜捨」「巡礼」そして「断食」である。
  • 「断食」はイスラムの暦で9番目の月である「ラマダン」に行われる。飲食が禁じられているのは日の出から日没までの間である。
  • イスラム教の「断食」は、食事を我慢しその苦痛を感じることによって、神の教えについて考えることが目的である。